2002年1月25日 北欧レコード買付日誌(スウェーデン編)⑤ ~ 吹雪で遭難寸前
1月25日
朝、気合で起きる。目覚まし無しでも起きれるものだ。
風と雪が強く、まるで吹雪のような朝だ。
少々時間が有ったので日本で無事を祈ってくれている(筈の)妻に手紙を書き、予てから予定してあった別のディーラーP氏の自宅へと向かうことに。
早速中央駅まで行き、電車に乗り込み、最寄駅に到着。異国の地で個人宅を探し出して訪問するのは大変だと思っていたのだが、結構ここまでは至極順調に進んでいる。
早速駅から電話したら
「すぐそこだからバスに乗って来てくれ。停留所で待っている。終点だからな」
とのお言葉を頂く。
今まで海外を貧乏旅行してきた経験上、バスは最も苦手な乗り物なのだけれども、来いというのであれば、行かねばしょうがあるまい。
早くもバスの停留所を探すのに手こずってしまったけども、何とか見つけ出し、指定されたバスに乗り込む。
フレンドリーな黒人の運転手が心を和ませてくれる。
P氏から聞いた停留所名を言い、そこで降りたいので着いたら教えて下さいと言うと、
「どこそれ?そんな場所聞いたことないぞ」
と言われる始末だ。
あぁ・・だからバスは嫌いなんだと心のなかでブツブツ言いながらも、バスの路線番号は間違いないので、終点で降りれば大丈夫というP氏の言葉を信じ、そのまま運転手の真後ろの席に乗り込むことにする。
バスは出発し、1つ、2つと停留所を過ぎていく。
そして3つ目の停留所で暫く停車していたので、おかしいなぁと思いつつも、P氏の姿が無かったので、そのまま乗っていたら、バスは発車し、また別の停留所を2つ程過ぎていく。
もうそろそかと思った矢先、バスはなんと出発した駅に舞い戻ってしまったのだ。
「なんだこりゃ」
と運転手に尋ねたら逆に「何でまだ乗ってるんだ!?」とびっくりされてしまった。
そんなことはこっちが訊きたいです、と思いつつ事情を話したら
「電話をかけてやるから事務所まで来い」
と嬉しいことを言ってくれたので、素直に付き従って事務所で電話を借りるも、既に家を出た後なのかP氏は出てこない。
しょうがないので運転手の兄ちゃんが、
「また乗せてやるから俺の横に座ってろ、停留所は2つしかないけど、どっちだ?」
というものだから、終点で降りろとP氏は言ってたから2つしか停留所が無いなら2つ目で降りればいいんだと思い、
「2つ目でおりまーす」
と返答。
出発までレコードディーラーではるばる日本から買付けに来たんだとか、北欧の70年代~80年代のハードロック/プログレは最高だとか下手な英語でベラベラと相手の興味も考えず話し、再出発時間と相成る。
風と雪が益々激しくなってきて心細さに拍車をかける。
そして2つ目の停留所に到着するも、P氏の姿は見えず。
「どうする?」
との運転手の問いかけに、
「しようがないので一旦降ります」
と言い、下車して辺りを見渡すが、山の中で人の姿は全く無い。
というか吹雪が凄くて何も見えない。
初日に続く嫌~なシチュエーションに焦りを感じるも、じっとしていてはとても耐えられない寒さだった為、バスが走っていった方向へと歩き始める。
「次の長く停車してた停留所が終点だったのじゃないのか?」
と今更ながら気づいた自分の愚かさが情けない。
運転手さんが言っていたのは始発と終点の間には2つしか停留所が無いよという事だったのか・・・。
バスではすぐ近くと感じた停留所の距離も徒歩ではとても長い距離に感じられ、しかも吹雪の中となると体力の消耗も激しく、行けども行けども他の人の姿も見えず、寒さと心細さも極限へ。
ひたすら歩いているとだんだんと
「何だか寒さも心地良くなってきたなぁ~前に進んでいるんだか後ろに進んでいるんだか分からなくなってきたなぁ~目が開いてるんだか閉じてるんだか分からなくなってきたな~空飛んでるミタイダナァ~」
等々と行き倒れとはこうしてなるのかと感じつつ、あちらの世界へ意識が飛びかけてくる。
その度に頭を振りながら
「せめてレコードを拝むまでは」
と意識を戻していたのだが、そんな魂が体から抜けかけている時に、ふと右手の山の上に団地らしき建物へと続く黄色いレンガならぬ、薄汚く黄色っぽい錆びて変色した階段が見えたので、
「オズの魔法使いだ」
と一人呟き、さっと向きを変えトボトボと道を曲がり階段を登っていく。
果たしてレコード・エメラルド・シティに辿り着けるのだろうか。
左に曲線を描いている階段を暫く登っていき、今まで歩いてきた道路が見えなくなりそうな寸前、後ろからけたたましくクラクションを鳴らす音が!
何かと振り返ったら、先程のバスが戻って来てくれて、運転手さんが笑顔でこっちに向かって何か大声で叫んでいるではないですかっ!
助けに来てくれたのかと思ったら、おもむろにバスのドアがプシューっと開き、中からサングラスをし、初期のオジー・オズボーンが着ていたようなヒラヒラした紐が何本も垂れ下がった袖をしたジャンパーを着、いかにもメタラー然とした姿をしたP氏が、ゆうゆうと巨大な犬を引き連れ下りてきたではないか!!
どうやら終点で運ちゃんが彼の怪しい風貌に気付き、筆者がハードロックやレコードのことを話していたのを思い出して乗せて戻って来てくれたらしい。
「ありがとう運ちゃん!恩は忘れないぜ」
と再度3つ目の停留所に引換していくバスへ笑顔で手を目一杯振っておきました。
何でもP氏曰く
「犬の散歩も兼ねて出てきたから停留所に着くのが遅れちゃったよ~ヒャッヒャッヒャッヒャ~ッ(笑)」
だそうだ・・・。
死にかけていた筆者の事も気にかけず豪快に笑う彼に大物の風格を感じました。
まぁ私もさすがに
「凍死寸前だったよ」
とは言えず、凍った鼻水を垂らしながら引きつった苦笑いを浮かべて何事もなかったように彼と握手をしたのでした。
奥さんが寝ているから静かにしてくれと言われて、そーっと家にお邪魔すると、さすがレコードディーラーを生業としているだけ合って、部屋の中は山のような大量のレコードがラックの中に整然と並び、しかもどれを引っ張り出しても「こっ、これわ~っ」というような激レア盤がザクザクでてくるではないか!
買いに来たのも忘れて、暫し彼が
「どうだこれは!」
と言いながら取り出すコレクション1枚1枚に
「へへ~っ」
とひたすらひれ伏す時間を過ごす。
そんな至福な時間(彼にとって)を過ごす中、ふと何しに来たか我に帰り、
「売り物出してよ」
とお願いすると、彼も
「忘れてたよ、ヒャッヒャッヒャッヒャ~ッ(笑)」
と奥からダンボールをドス~ンと持ってきてくれた。
早速死肉に群がるハイエナのように売り物を貪っていると、例の巨大な犬が寄ってきて顔を舐めまくろうとするのには非常に困った。
目ぼしい物をピックアップしていたら途中で彼が、
「昨日かみさんの誕生日だったから」
と手作りの誕生ケーキとコーヒーを持ってきてくれたので、いいのかなぁと思いつつも、右手にレコード、左手にケーキ時々コーヒーといった具合に遠慮無くバクバクと食べながら、レコードを漁る。
大量に買ったはいいのだけれども、手持ちの資金が底をついてしまったので、足りない分は彼がペイパルのアカウントを持っていなかったので、後日IPMOで送るからと言い何枚かツケで購入。
普通は資金が底を付いた時点でアウトだと思うのだが、付き合いが長いので許してもらえたようだ。
感謝感謝。
一息ついた所で再度、彼のコレクションを見せてもらう。
眩暈がするくらいなレア盤を何枚も見せてもらい、その度に
「俺に売ってくれ!」
と叫ぶこと幾知れず。
さすがにこれ以上は手持ちのキャッシュを持っていないので相手にされず、ただ目の保養をするのみに。
彼も昼から別の仕事があるとのことで、駅まで一緒に行くことにする。
家から出ると吹雪もすっかり収まり、快晴の素晴らしい天気に成っており、スウェーデンに来て初めて太陽を拝む。
吹雪の間は気付かなかったのだが、彼の家は大自然に囲まれた山の上に位置する団地で、休日は奥さんと一緒に山の中を散策することが多いとか。
「自然が大好きなんだよ」
と森の彼方をシミジミと眺める彼の表情は何処かしらテッド・ニュージェントを彷彿とさせるのでした。
ホテルに戻り夕食のハンバーガーとビール1リットルを食す。
今回の目玉でもある明日のフェアーの為、早く寝ようとするが、行き倒れ寸前から無事帰還できた興奮からか全く眠れず、渋々TVを見ていたらSHA-BOOM(スウェーデンのハードロックバンド)がスタジオ・ライブをしているではありませんか!これを見るために起きてたんだと思いつつ、夜中の3時頃やっと眠りに落ちる。
疲れ果てて心の余裕が無かったのか、本日の写真は一枚もありませんでした。
追記)吹雪とは無縁の世界で生まれ育った私にとっては大吹雪の中をあれだけ歩いたことは初めての体験でして、マジで死ぬかと思いました。雪国で暮らすことって大変ですね。しかし、今でも吹雪の中バスを貸切状態で使って戻ってきて、サングラスを付けて中から出てきたP氏の姿が、マッカーサーが厚木に降り立った時の写真の如く目に焼き付いています。(2011/5/9)